石巻日日新聞

周囲の支援で救われた心「死にたいと毎日思った…」

2017/3/10
■あの日から6年そして今(2) 東松島市あおい 川上由夫さん
 震災の津波で最愛の妻と娘、孫2人を失った。残されたのは自分と愛犬のトワだけだった。「俺も一緒に死ねば良かったと何度も考えた。そんなすさんだ心を救ってくれたのが多くのボランティアや地域の人たちだった。恩に報いるためにも、今度は俺が心に傷を負った人たちの支えになりたい」。目に涙を浮かべながらそう語る。(山口紘史)

 東松島市の防災集団移転団地あおい地区に住む川上由夫さん(78)は6年前の3月11日、同市大曲地区で被災した。
 「津波が来るから早く逃げよう!」。自宅にいた川上さんと妻の和子さん(当時66)のもとに長女の大内真弓さん(同43)と孫の龍さん(同14)、聖さん(同13)が慌てて駆け込んできた。川上さん、和子さん、真弓さんの車3台に分かれて内陸に逃げようとした。だが、すでに遅く、出発して間もなくして3台とも真っ黒な波に巻き込まれた。

 「おじいさん!助けて!」

 とっさに車から飛び出した龍さんの叫び声が聞こえた。しかし繰り返し襲う津波の威力は凄まじかった。結局、それが家族との最後の別れになってしまった。

 川上さんが乗る車は、前が水に沈む形で浮かんだ。偶然ゴルフ練習場のネットに引っかかり、海まで流されることはなかった。波に漂う車の中で、妻から託されたトワを抱いてひと晩を過ごした。

 「俺が生きているんだから皆もどこかで絶対に生きている…」
 しかし、願いは虚しく、たどり着いた市民体育館で目にしたのは、泥だらけの龍さんの姿だった。目をカッと見開いたまま、ぴくりともしない龍さん。言葉を失い、頭が真っ白になった。4月までに和子さん、真弓さん、聖さんが相次いで見つかった。いずれも無言の再会だった。

 「自分を迎えに来なければ、娘と孫たちは死なずにすんだ。本当に申し訳ない。悔しい。なぜ1人だけ生き残ったのか。1年ぐらいは毎日それしか考えられなかった」と当時を振り返る。

 4人は清泰寺(同市大塩)の墓に眠っている。川上さんは寺の住職夫妻によく「死にたい。何が楽しくて生きているのか分からない」と漏らした。どん底まで落ちていた心に寄り添うように、住職夫妻は「4人を供養するために生き残ったに違いない。辛くなったらいつでも寄ってください」。そう優しく諭した。この言葉のおかげで、気持ちがスッと軽くなったという。

 ボランティアの存在も心を救った。仮設住宅に住んでいたころに絆を育んだ、今や家族のような存在。中には川上さんを「お父さん」と呼び、毎日メールを送ってくる人もいる。そんなつながりが、絶望の淵から救い出してくれた。

 少しずつ生きる希望を取り戻した今、あおい地区に住む動物愛好者で作る「ペットクラブ」の副会長を務める。また市民とボランティアの絆を深めるコンサート活動なども主催し、精力的に活動を展開している。川上さんは「あおい地区の住民で力を合わせて住みよいまちづくりをしていくことが、支えてくれた人たちへの報いになる」と語る。

 週に1回、墓参りに出向く。「今日は天気が良いね。みんな、元気か?」。今日も生花を入れ替え、線香をあげて静かに墓前で手を合わせた。

 「家族を失った苦しさは癒えないが、皆の支えが心に再び花を咲かせてくれた。今度は俺が、皆の心にきれいな花を咲かせてあげる番だ」。目を真っ赤に腫らしながらも力強く話した。発せられた言葉には、生きる気力がみなぎっていた。

【写真】妻と娘、孫2人が眠る墓を見つめる川上さん

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