石巻日日新聞

夫婦で4年 派遣終えて帰還 石巻と東松島でそれぞれ活動

石巻日日新聞 3月31日(金) 配信

 東日本大震災から復興に取り組む石巻地方の2市1町で、先週末から今週にかけて派遣期間が満了した他自治体からの職員に対する辞令交付式が行われた。このうち東京都中野区職員の高籏夫妻は、夫の智之さん(48)が石巻市、妻の里香さん(52)は東松島市でそれぞれ平成25年4月から4年間勤めた。この間に石巻地方のおいしい食べ物に出会い、馴染みの店もできた二人。東京に戻っても、復興を見守っていくつもりだ。
 智之さんは石巻市の防災の部署に配属され、津波避難タワー整備や防災ラジオの導入などの業務に携わった。この4年で業務内容に精通し、亀山紘市長から「派遣だったのですか」と勘違いされるほどだ。
 実は中野区で20年以上のキャリアでも防災に関わったことはほとんどなく、ましてや津波の恐れがない区。そのため、一から自分で勉強したという。
 里香さんは東松島市で災害廃棄物処理の業務やその作業に臨時雇用された市民の再就職支援、最近では新火葬場整備の推進に努めた。ごみ処理の経験はあったが、災害廃棄物はまるで次元が違うもの。「中野区では絶対に経験できない仕事ができた」と振り返った。
 休日は夫婦で釣りや東北各地の旅行に出かけ、食事は仮設屋台村の橋通りCOMMON(コモン)など石巻市内の飲食店をよく利用した。「復興のため、石巻にお金を落としたい」との思いがあった。都会より多少不便だが、酒や魚などうまい食べ物との出会いが、仕事以外でこちらに来てよかったと思える瞬間だ。
 震災発生当時、智之さんの職場は仕事を中断し、皆でテレビの津波の映像を見ていた。「何千人の死者はありえない」と衝撃を受けた智之さんは、間もなく短期の応援職員として亘理町を手伝った。福島県出身の里香さんもまた、石巻市などで何度もボランティア活動に従事した。
 そんな経過もあり、妻に相談せずに中野区から被災市町への派遣に手を挙げた智之さん。里香さんもまた、夫に内緒で申し込んでいた。自宅に愛犬がいたが、それぞれ相手が残るから「心配ない」と考えたらしい。
 派遣先は県内4市町。行くところを選べたわけでなく、偶然、隣市同士に派遣が決まった。石巻市、東松島市ともそれぞれアパートを用意してくれたため、結果、おのおのが単身赴任のようになった。
 二人とも最初の1年は仕事に戸惑うことばかりだったが、2年目に少しは役に立っていると感じられたという。派遣は当初、最長で3年だったため、「あと1年頑張ろう」と3年目。ところが中野区からあと1年の延長をお願いされ、4年を満了した。石巻市では他自治体から派遣で4年間は最長だ。
 はじめは分からなかった方言も理解できるようになった智之さん。「復興はまだまだで仕事は終わらないが、派遣は終わりが来る」と心残りを口にする。
 中野区に戻ってからの配属先は智之さんが障害福祉分野、里香さんは復興支援の担当。里香さんは「派遣職員を送り出す側になり、また石巻や東松島に関わるかも。個人的にはまた来たい」と話す。
 一方「石巻地方は食べ物がおいしく、もっと全国的に知られてもいいものがたくさんある」と智之さん。地域のことに詳しくなっただけに「心の復興も必要だけど、生活にはお金がいるから、こうした品々を生かした経済の復興も大事なんじゃないかな」とエールを送っていた。

【写真】石巻で最後の週末にコモンで食事した智之さんと里香さん、愛犬のすももちゃん

最終更新:3月31日(金)

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